開物叢説 石鹸

日本初の石けん製造技術書「開物叢説 石鹸」のデジタル文書化と現代語訳を行っています

04. 苛性ソーダ液の製造法

[原著]

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[文書化]

通常石鹸の原料とする所の苛性曹達滷を製する法

曹達[ソウダ]滷[ロ]を製せんと欲せば、須[スベカラ]く先ず之を粉砕すべし(炭酸曹達は炭酸加里の如く急に濕(=湿)を引かず常に凝固して塊[カタマリ]をなすが故なり)。其の大塊[カタマリ]は予め先ず重大[テオモ]の槌を以て之を破砕[クズス]して後、之を鉄舂(=臼)[ウス]に入れ搗[ツイ]て粗末[アラキツブ]とす。大製造局に於いては、扁平なる石盤[イシノダイ]上にて大鉄槌[テツツチ]を以て粉砕す。但し砕粉の大きさ、砂粒[スナツブ]の如くなるを度[ホド]として可なり。其の極めて微細[コマカ]なるを要せず。

炭酸曹達[タンサンソウダ]と生石灰[キイシバイ]との和[マゼル]量[ワリ]は、用いる所の油の量[メカタ]に原[モトヅ]きて定む。即ち硬固石鹸一千斤を造るには、阿利襪[オレーフ]油(六百斤)、炭酸曹達[タンサンソウダ](五百斤)、生石灰[キイシバイ](一百斤)、を用ふ。尚、多量[オオメ]に製せんと欲せば、此の定量[キマリノワリ]を率[テホン]として、彼れ此れ相い増加[マシクワウ]すべし。

曹達既に砕[クダ]きたらば、別に生石灰に些少[スコシバカリ]の水を注[ソソ]ぐべし。是に因って忽ち熱[ネツ]を発し水化して粉末となる。直ちに粗眼[メノアラキ]の篩[フルイ]を以て篩過[フルイコ]すこと一回[イチド]。此の二品を混和して之を桶[オケ]に容[イ]る。桶底[オケノソコ]、予め幾箇[イクコ]の瓦片[カワラカケ]砕石[イシクズ]を安ず。是れ滷汁「アク」の淋出[シタタル]に便せんが為なり。而して之に水を注[ソソ]ぐ。水の量は遍[アマネ]く薬料[ヤクリョウ]に滲透[シミトオル]し、猶且つ、その上[ウエ]を踰[コエ]ること大約[オオヨソ]我が半寸許[バカリ]なるべし。既に水を注ぎて二三時を経[フ]るの後、注管[ノミクチ]の塞[セン]を開きて、滷汁[アク]を漏す。此の滷、最も稠厚[コク]苛烈[ツヨシ]にして、其の重きこと卵を浮かばしむるに足る。是れを頭滷[トウロ]と名づく。然れどもその薄稠[ウスサコサ]の度[カゲン]は、須く験液器[ケンエキキ]を用いて精究[ギンミ]すべし。即ち験液器の十八度より二十度に至る者なり。是れを器[ウツワ]中に密閉[シッカリトフウジ]し貯[タクワ]う(滷汁を密閉する所以は、空気中の水分、之に合して薄弱[ウスリヨワク]とならしめ、且つ炭酸漸く之に和して、苛性[ツヨキセイ]を制するを防ぐなり)。頭滷[トウロ]洩れ盡[ツク]るに及びて注管[ノミクチ]を塞ぎ、復た同量の水を注加[ツギイレ]し放置[ソノママオク]すること二三時の後、再び之を注出[ツギイダ]す。此滷も其の初めて滴出[シタタル]する間は、其の稠厚[コキ]なること殆[ホトン]ど頭滷に譲[ユズ]らず。之を合して貯[タクワウ]るも亦可なり。而して漸く希薄[ウスキ]に移る。是れを二滷[ニドメノアク]と称す。次に第三回[サンド]の水を注[ツ]ぎて更に稀[ウス]き滷[アク]を得、之を験液器にて試るに四度より八度に至る。乃ち別に貯うべし。最後に桶中の渣滓[カス]中に残留[ノコル]せる滷分[アク]を収[オサ]め盡[ツク]さんが為に、復た水を注加して第四滷[ヨタビメノアク]を取る。然れども此の品、甚だ薄弱にして、唯、後回[ニドメ]の頭滷[トウロ]を製する新汲[クミタルママノ]水[ミズ]に代えて、益あるのみ。此の如くにして、滷を取り尽くしたる余滓[アマリノカス]は、桶を倒[サカサマ]にして、之を出し、田圃[タハタケ]を糞培[コヤシ]するに用いて良なり。

或る鹸匠[シャボンシ]、甚だ多量の石灰を用う。譬えば曹達の半量、動[ヤヤモ]すれば是れに踰[コエ]るに至る。又、之に反して甚だ石灰を吝用[イリメスクナク]するあり。盖{けだ}し石灰極めて純好[マジリナクヨシ]にして新鮮[アタラシキ]なれば、上に記する所の量(曹達の五分の一)を採[トッ]て既に足れりとす。若し其の陳久[ヒネ]なる者に遇[ア]えば、宜しく其の量を増すべし。而して石灰の量は稍[ヤヤ]多きに過ぎると雖も、妨碍[サシツカエ]無きが如し。然りと雖も、緊要[キンヨウ]なる定限[キマリ]の量を超えるは、実に益[エキ]無し、且つ、無益の価[アタイ]を費やす。亦、戒慎[キヲツケ]せぬんばある可からず。

 

[現代語訳]

一般的な石けんの原料とするための、苛性ソーダ水酸化ナトリウム)液を製造する方法

苛性ソーダを製造しようとする場合、必ずまず粉砕しなければならない(炭酸ソーダ=炭酸ナトリウムは、炭酸カリウムのように急に吸湿しないで、常に凝固して塊状になっているため)。その大きな塊を、予め大きな槌で粉砕した後に、鉄の臼に入れてつき、粗い粒子とする。大製造局(※)では、扁平な石盤上で、大きな鉄槌で粉砕している。ただし、粉砕した粒子の大きさは砂粒の程度でよい。とても微細にする必要はない。

炭酸ナトリウムと生石灰との混合する量は、用いる油の量に基づいて定められる。すなわち、硬石鹸を一千斤(約600kg)を製造するためには、オリーブ油六百斤(約360kg)、炭酸ナトリウム五百斤(約300kg)、生石灰一百斤(約60kg)、を用いる。なお、それよりも多く製造する場合には、この基本の比率に従って、それぞれを増大させる。

ソーダ=炭酸ナトリウムが事前に粉砕してあるのならば、それとは別に、生石灰に少量の水を注入する。そうするとすぐに発熱して水と反応し、粉末となる。ただちに目の粗い篩を用いて、一度でふるいにかける。これらの二品を混合して、桶に入れる。桶の底には予め何個かの、瓦のかけらや粉砕した石を置いておく。これは、アルカリ液がしたたり出ることを良好に行えるようにするためである。そして、これに水を注入する。水の量は、薬剤の全体に浸透し、なおかつ、薬剤の上を約半寸(1.5cm)超える程度である。水を注入してから二三時(訳注:現在の4~6時間?)した後に、液出口の栓を開けて、アルカリ液を出す。このアルカリは、最も濃厚でアルカリ性が強く、比重が大きいために卵を浮かべることができる。これ(最初に出てくるアルカリ液)を「頭滷」と名付ける。しかし、その濃度の程度は、比重計を用いて正確に測定するべきである。すなわち、比重計の十八度から二十度の範囲である(訳注:重ボーメ度の値とすると、比重で約1.14~1.16の範囲)。これ(=頭滷)を容器の中に密閉して保存する(アルカリ液を密閉する理由は、空気中の水分を吸収して希薄になってしまい、炭酸(訳注:空気中の二酸化炭素)を次第に吸収して、アルカリ性が低下することを防ぐためである)。頭滷が出尽くしたら液出口の栓を閉めて、同じ量の水を再び注入して二三時(訳注:現在の4~6時間?)放置した後に、再びこれを注ぎ出す。このアルカリも最初に出てくるときは、その濃厚さは頭滷とほとんど同じである。これを合わせて貯蔵することもできる。そして次第に希薄になっていく。これを「二滷」と名付ける。次に三回目の水を注入して、さらに希薄なアルカリを得て、之を比重計で測定すると、四度から八度となる(訳注:重ボーメ度の値とすると、比重で約1.03~1.06の範囲)。そのため、別に貯蔵するべきである。最後に、桶の中の残渣に含まれるアルカリ分を回収し尽くすために、再び水を注入して、第四滷を得る。しかし、この液は非常に希薄なので、二度目以降の頭滷を製造するために注入する水に代えて用いると、有用である。

石けん製造を行う、ある技術者は、非常に多量の石灰を使用している。例えば、炭酸ナトリウムの半分とか、場合によってはこれを超えるほどである。一方で、これとは逆に、石灰を非常に少量しか用いていない。思うに、石灰の純度が非常に高く新鮮であれば、上記の量(炭酸ナトリウムの五分の一)であっても十分すぎるのだろう。しかし、それが長時間経ったものである場合には、その量を増大させるべきである。したがって石灰の量は若干多すぎても、差し支えはないだろう。しかし、重要な決められた量を超えて配合することは、無駄であり、余計な出費となるので、気をつけるべきである。

※)「大製造局」の記載は、おそらく大阪造幣局と思われる。宇都宮三郎について、以下の記載がある*1)。
  (一八)七四年に工部省深川工作分局で日本最初のセメント製造に成功したほか、
  大阪造幣局にて炭酸ソーダ製造、また製藍法、酒醸法の改良、耐火れんが製造、
  製鉄、紙やすり製造を指導するなど、わが国化学技術開発の先駆をなした。
*1)渡邊靜夫編集著作, 「日本大百科全書3」二版第一刷, 小学館, p179(1994)

 

[注釈]

苛性ソーダ水酸化ナトリウム)液の製造法が記載されている。硬石けん用のアルカリ剤であり、軟石けんでは水酸化カリウムを用いる。
石けんを工業的に製造する場合に使用するアルカリ剤としては、弱アルカリの炭酸ナトリウムではなく、強アルカリの水酸化ナトリウムを使用しないと、ケン化が十分に行われない。

この章では、以下の観点について記載されている。
A.原料の炭酸ナトリウムの調製(粉砕)
B.炭酸ナトリウムと生石灰の反応
C.水酸化ナトリウム液の基準と保管

A.原料の炭酸ナトリウムの調製(粉砕)
炭酸ソーダ=炭酸ナトリウムは、吸湿性が強く潮解性のある炭酸カリウム*2)と異なり、吸湿して凝固している*3)ので、予め粉砕する必要がある。
 *2)化学大辞典編集委員会編, 「化学大辞典5」縮刷版第26刷, 共立出版, p722(1981)
 *3)化学大辞典編集委員会編, 「化学大辞典5」縮刷版第26刷, 共立出版, p731-732(1981)

B.炭酸ナトリウムと生石灰の反応
石けん製造に用いるアルカリ剤として、現在では苛性ソーダ水酸化ナトリウム)そのものを原料としているが、イギリスで苛性ソーダが工業的に製造されるのは1884年*4)である。
苛性ソーダが入手できなかった時代では、炭酸ナトリウムと石灰を原料として、石けん製造に先立って苛性ソーダを予め製造することが行われていた*5)。
生石灰に水を加えて消石灰の粉末(+水)とし、炭酸ナトリウムを加えて反応させると、水酸化ナトリウムが生成する*6。
   CaO + H2O -> Ca(OH)2,    Na2CO3 + Ca(OH)2 -> 2NaOH + CaCO3
生石灰は空中の湿分を吸って徐々に消石灰に変化する*7)ため、製造されてから時間の経った生石灰を用いる場合には、純粋な生石灰よりも多く配合することが必要と考えられる。
 *4)化学大辞典編集委員会編, 「化学大辞典2」縮刷版第39刷, 共立出版, p408(2006)
 *5)井高退三著, 「化学応用石鹸製造全書」, 門口黄山堂書店, p17-18(1901:明治34)
 *6)化学大辞典編集委員会編, 「化学大辞典5」縮刷版第28刷, 共立出版, p337(1984)
 *7)化学大辞典編集委員会編, 「化学大辞典4」縮刷版第28刷, 共立出版, p800(1984)
 
C.水酸化ナトリウム液の基準と保管
原著では「験液器の十八度より二十度に至る」としか記載されていないが、水酸化ナトリウムの濃度を規定していることから、比重による基準と推定され、「験液器」とは浮き秤の比重計、「十八度より二十度」はボーメ度の比重の値、と読み取れる。
明治34年刊行の石けん製造の技術書にも、「ボーメ氏重液計は、苛性曹達の溶液の濃淡を測る」と記載され*8)、「ボーメ氏重液計」の図として浮き秤が描かれている[下図参照]*9)。
なお、比重の単位である「ボーメ度」は、フランスの化学者であるボーメの名にちなんでいる。
水より軽い液(軽液)と、水より重い液(重液)とで、規定が異なっている(水酸化ナトリウム溶液は比重が水より重い)。
重液のボーメ度Beから比重dへの換算は、d = 144.3/(134.3+Be) であることから*10)、本文で記載の頭滷の比重1.15は、水酸化ナトリウム濃度として約14%となる*11)。明治34年刊行の石けん製造の技術書では「(加熱濃縮することで)滷液はボーメ氏重液計38度以上43度」と記載されており*12) (1.36~1.42g/cm3 ≒ 33~39%に相当)、本書の滷液(水酸化ナトリウム液)の濃度はかなり低く思われる。
 *8)井高退三著, 「化学応用石鹸製造全書」, 門口黄山堂書店, p25(1901:明治34)
 *9)井高退三著, 「化学応用石鹸製造全書」, 門口黄山堂書店, p28(1901:明治34)
 *10)化学大辞典編集委員会編, 「化学大辞典8」縮刷版第28刷, 共立出版, p708(1984)
 *11)日本化学会編, 「化学便覧 基礎編 改訂6版」, 丸善出版, p585(2021)
 *12)井高退三著, 「化学応用石鹸製造全書」, 門口黄山堂書店, p18(1901:明治34)

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【備考】

A)現在の工業的な石けん製造での、水酸化ナトリウム水溶液の濃度に関して、
  知識が無いです。
 ・現在の連続中和法*13)では、
  油脂から作られた脂肪酸水酸化ナトリウムで中和後に乾燥しており、
  乾燥の温度や時間に関して、
  水酸化ナトリウム水溶液は高濃度の方が好ましいと考えられます。
 ・歴史的な製造方法である、油脂のケン化による石けん製造の場合は、
  ケン化し塩析した後での、純度や収量に関して、
  水酸化ナトリウム水溶液は高濃度の方が好ましいと考えられます。
 *13)日本石鹸洗剤工業会ホームページ/石けん洗剤知識/石けん洗剤の基礎/せっけんメモシート/4.石けんはこうしてつくられる

B)固体の水酸化ナトリウムを原料として使用できる現在と異なり、
  炭酸ナトリウムと生石灰から水酸化ナトリウムを生成させて使用する場合には、
  以下の点がデメリットとして考えられます。
 ・石けん製造用に配合する水酸化ナトリウム水溶液の濃度に限界があること
 ・微量のカルシウムイオンの存在によって金属石けんが生成するため、
  石けんの洗浄性能などに悪影響が考えられること