開物叢説 石鹸

日本初の石けん製造技術書「開物叢説 石鹸」のデジタル文書化と現代語訳を行っています

03. 石けんの製造法

[原著]

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[文書化]

石鹸製法、諸般の区別あるを論ず

諸油の成分は三種の物質に係わる。一つを脂素(蘇的亜林[ステアリン])と言い、二つを珠素(麻兒呀林[マルガリン])と言い、三つを油素(阿利印[オレイン])と言う。其の遠{おくぶかい}成分を剖折[シラベワケ]すれば、悉{ことごと}く、炭素、酸素、水素の集[アツマッ]て成る所なり。但し其の合和[マジリノ]比例[ワリアイ]、彼れ此れ均しからざるが故に、諸種の脂油、其の性を異[コト]にす。此の諸素、滷塩[ロエン]或いは酸化金属[サンカキンゾク]に合すれば、輙[スナワ]ち各種の石鹸を生ず。
石鹸を製するの原料[モトダネ]三種、一つ曰く、有力塩基、即ち加里[カリ]、曹達[ソーダ]、加爾基{かるき}、酸化鉛[サンカエン]、酸化亜鉛[サンカトタン]、是なり(按{あんずる}に此に二種の酸化金属を列する者は、所謂{いわゆる}鉛膏等の如きをも亦、一種、水不可溶の石鹸に属するなり)、二つ曰く水、三つ曰く天然の脂油[アブラノ]成分、即ち脂・珠・油の三素、是れなり。
石鹸の類い、大別[オオワケ]して二綱[フタタテ]とす。一つを水に可溶[トケル]品と言い、二つを不可溶[トケザル]品と言う。甲{前者=水に可溶}は、加里、曹達を以て製する者(即ち日常通用の石鹸)、乙(後者=水に不溶)は、諸{もろもろ}の酸化金属を以て製する者なり。其の酸化鉛を以て製する者、別に硬膏[コウコウ](鉛丹膏等を云う)の称{よびな}あり(此の編、不解{とけない}石鹸を略して、只、浣洗に用うるもののみを説く)。日用の水に溶[トク]可き品も亦、細別[コワケ]して二等とす。曰く硬[カタキモノ]、曰く軟[ヤワラカキモノ]。硬石鹸は曹達と阿利襪[オレーフ=オリーブ]油、或いは扁桃{アーモンド}油、或いは牛脂、及び其の他の獣脂[ケモノノアブラ]を以て製し、軟セッケンは、加里と獣脂、或いは草木の種子[タネ]の搾油[シボリアブラ]を和して造る。
石鹸を製するの油、最好[モットモヨ]き者は、阿利襪、扁桃の二品にして、獣脂之に亜[ツ]ぐ。例えば牛脂、猪脂[イノアブラ]、酪[ウシノチ]、等の如し。而して種子「タネ」油を下とす。蕓薹{ナタネ}、蕪菁{カブ}、罌粟[ケシ]、大麻等、是なり。
仏蘭西[フランス]、伊太利[イタリー]、西班牙[スパイン]、諸邦に於ては、阿利襪[オレーフ=オリーブ]油の廉価[ヤスキアタイ]なるに因って、之に曹達を和して硬石鹸を製すと雖{いえど}も、英吉利[エギリス]、及び欧羅巴[ヨーロッパ]北部諸国にては、此の油に乏[トボシ]きが故に、多く牛脂[ウシノアブラ]等を用う。各種[ソレゾレ]の製法、下に開示[シメス]するが如し。


[現代語訳]

石けんの製造法には、様々な分類があることを説明する

様々な油の成分は、三種類の物質に係わっている。一つ目は脂素であるステアリン、二つ目は珠素であるマルガリン、三つ目は油素であるオレインである。それらを詳しく成分分析すると、いずれも炭素・酸素・水素から構成されている。ただし、その構成する比率は、いずれも異なっているために、様々な油脂の性質が異なっている。これらの油脂は、アルカリや酸化金属と混合すれば、たちまちに各種の石鹸が生成する。
石鹸を製造する原料は三種類あり、一つ目は強力な塩基であり、カリ(炭酸カリウム)、ソーダ(炭酸ナトリウム)、カルキ(石灰)、酸化鉛、酸化亜鉛などである(この二種類の酸化金属を列記した理由は、いわゆる鉛を用いた硬い膏薬などもまた、一種の水に不溶な石鹸に属するからである)、二つ目は水であり、三つ目は天然の油脂の成分である、脂素(ステアリン)、珠素(マルガリン)、油素(オレイン)となる。
石鹸の種類としては、大別すると二つに分類される。一つ目は水に可溶なものであり、二つ目は水に不要なものである。前者(水に可溶)は、カリ、ソーダを用いて製造されるもの(つまり日常に使用される石けん)で、後者(水に不溶)は、様々な酸化金属を用いて製造されるものである。酸化鉛を用いて製造されるものは、硬膏(鉛丹[=酸化鉛]などの硬い膏薬)の別名がある(この書物では、水に不要な石けんに関しては省略し、洗浄に使用するもののみを解説する)。日常の、水に可溶なものもまた、二つに細分化される。すなわち、硬いものと軟らかいものである。硬石けんは、ソーダ(炭酸ナトリウム)と、オリーブ油かアーモンド油や牛脂か其の他の獣脂を混合して製造し、軟石けんは、カリ(炭酸カリウム)と、獣脂や草木の種子を搾った油とを、混合して製造する。
石けんを製造するための油としては、最良のものは、オリーブとアーモンドに二種類で、獣脂がそれに次ぐ。例えば、牛脂や豚脂、牛乳などである。そして、種子から得られる油は下級である。ナタネ、カブ、ケシ、大麻などである。
フランス・イタリア・スペインなどの諸国では、オリーブ油が低価格であるために、これをソーダと混合して硬石けんを製造しているが、イギリスやヨーロッパ北部の諸国ではこのオリーブ油の産出が少ないため、多くの場合に牛脂などを用いている。それぞれの製造法については、以降に示す通りである。


[注釈]

第3章「石けん製造法の分類」では、石けんの分類として、いくつかの観点が示されている。
A.原料の油脂の種類による分類
B.原料のアルカリの種類による分類
C.水への溶解性による分類
D.石けんの硬軟による分類

A.原料の油脂の種類に基づく分類
石けん原料の油脂として、ステアリン・マルガリン・オレインの3種類を挙げているが、何が違うのかは記載されていない。
(いずれも炭素・酸素・水素から構成されていることが記載されている)

・油脂が脂肪酸のトリグリセリドであることと、
 石けんがアルカリと脂肪酸で形成されることは、まだ知られていなかった。

・油脂の種類によって石けんの良否が異なる原因が、
 油脂中の脂肪酸の構成の相違であることも知られていなかった。

・19世紀初頭、油脂が脂肪酸のトリグリセリドという知識は未だなかった時代に、
 豚脂から得られた未知の油脂成分に「マルガリン」を初めて名付けた論文には、
 「石鹸製造では油脂がアルカリと反応するので、油脂は酸と同様である」
 という記載がある*1)。

・その後に油脂と脂肪酸の関係が明確になっていき、
 「マルガリン」という油脂の種類は消えていく。
  (代用バターである「マーガリン」は、「マルガリン」とは別物

・19世紀半ばまでには、
 油脂が脂肪酸グリセリンから構成されていることが知られるようになり、
 油脂に関して以下のような記載がある。
  ・油脂をアルカリと加熱すると、
   得られる石鹸はカリウムやナトリウムと脂肪酸の塩であり、
   その際にグリセリンが遊離する*2)
  ・油脂は脂肪酸と天然の基質から構成され、基質はグリセリンである*3)

 *1)M.Chevreul,"Annales de chimie",Imprimerie de H.Perronneau, p225(1813)
     (注:フランス国立図書館のPDFを参照)
 *2)William Gregory, "A Handbook of Organic Chemistry" Third Edition, Taylor, Walton, and Maberly, p283(1852)
     (注:大英図書館のPDFを参照)
 *3)Campbell Morfit, "Chemistry Applied to the Manufacture of Soap and Candles", Carey and Hart, p75(1847)
     (注:アメリカでPDFが書籍化されて販売されている)

B.原料のアルカリの種類による分類
石けんの原料のアルカリとして、炭酸カリウム、炭酸ナトリウム、石灰、酸化鉛、酸化亜鉛が挙げられている。
・石灰は、炭酸カリウムや炭酸ナトリウムの水溶液に添加することで、
 水酸化カリウム水酸化ナトリウムを生成させるためのものである*4)。
   Na2CO3 + Ca(OH)2 -> 2NaOH + CaCO3

・酸化鉛や酸化亜鉛は、
 硬い膏薬となる水不溶性の金属石けんを作成するために用いられる。
・酸化鉛や酸化亜鉛は、
 硬い膏薬となる水不溶性の金属石けんを作成するために用いられる。
・アルカリの一つとして原著に「加爾基(カルキ)」が記されている。
 「カルキ」は、本来は石灰の意味だったが*5)、
 現在は「さらし粉」の意味となっており*6)、
 消石灰に塩素ガスを吸収させて製造される*7)
 *4)井高退三著, 「化学応用石鹸製造全書」, 門口黄山堂書店, p17(1901:明治34)
 *5)下中直人編集発行, 「世界大百科事典」改訂新版, 平凡社, p188(2007)
 *6)化学大辞典編集委員会編, 「化学大辞典2」縮刷版第36刷, 共立出版, p550(1997)
 *7)化学大辞典編集委員会編, 「化学大辞典3」縮刷版第36刷, 共立出版, p860(1997)

C.水への溶解性による分類
炭酸カリウムや炭酸ナトリウムを用いて作られた石けんは水に溶解し、酸化鉛などの酸化金属を用いて作られた石けんは水不溶性である。

・化学大辞典の「金属石鹸」の記載*8)

脂肪酸、樹脂酸、ナフテン酸などのアルカリ塩以外の金属塩を言う。
製法:水またはアルコールを溶媒とし、アルカリセッケンと金属塩との複分解沈降法によるか、あるいは酸と金属酸化物、金属水酸化物などとを直接加熱反応させる融解法を用いてつくる。
種類:おもな金属セッケンはアルミニウム、マンガン、コバルト、鉛、カルシウム、クロム、銅、鉄、水銀、マグネシウム亜鉛、ニッケルなどのセッケンで、それぞれ特有な性質に基づき多方面に利用される。
用途:乾燥剤、粘度調整剤、ゲル化剤、顔料、香粧品、防水剤、ポリ塩化ビニルの安定剤、加硫促進剤、殺虫剤、殺菌剤などの広範囲にわたる。

 *8)化学大辞典編集委員会編, 「化学大辞典2」縮刷版第39刷, 共立出版, p919(2006)

D.石けんの硬軟による分類
硬石けんは、炭酸ナトリウムと、
オリーブ油・アーモンド油・牛脂などの獣脂と、から製造され、
軟石けんは、炭酸カリウムと、獣脂や種子を搾った油と、から製造される
硬石けんに関しては、オリーブ油・アーモンド油・牛脂が良好で、
ナタネなどの種子の油は劣ると書かれている。

・化学大辞典の「硬石けん(ソーダセッケン)」の記載*9)

高級脂肪酸類のナトリウム塩、すなわちナトリウムセッケンでその質がかたい。セッケンの組成をなす脂肪酸は飽和およびオレイン酸列の不飽和酸で、中でも炭素数12~18の脂肪酸が最適である。油脂原料として牛脂、羊脂、豚脂、硬化油、ヤシ油、綿実油などを適当に配合したものを用い、水酸化ナトリウム溶液でケン化してつくる。ケン化後の処理法の差により塩析セッケン、半含核セッケン、コウ(膠)セッケンに区別される。わが国で日常使用される化粧セッケン、洗タクセッケンはいずれもこれに属する。

・化学大辞典の「軟石けん(カリセッケン)」の記載*10)

特殊セッケンの一つ。軟質ノリ状のセッケンを称し、普通カリウムセッケンが使用されるのでカリセッケンと同義に用いられる。ただし安価なものを得るためには含水量の多いソーダセッケンでまにあわせる。アマニ油、大豆油、トウモロコシ油、綿実油などの乾性油、半乾性油、工業用オレイン酸、ロジンを水酸化カリウム水酸化ナトリウム溶液または両者の混合溶液でケン化して得たセッケンコウを塩析を行わずに、そのまま冷却固化させてつくる。その外観によって透明軟セッケン、含粒軟セッケンおよび銀色軟セッケンに区別され、化粧用、家庭用、工業用、薬用セッケンとして使用される。

 *9)化学大辞典編集委員会編, 「化学大辞典3」縮刷版第28刷, 共立出版, p56(1984)
 *10)化学大辞典編集委員会編, 「化学大辞典6」縮刷版第28刷, 共立出版, p670(1984)