開物叢説 石鹸

日本初の石けん製造技術書「開物叢説 石鹸」のデジタル文書化と現代語訳を行っています

01. 石けんの総論

[原著]

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[文書化]

開物叢説家什第一
  石鹸訳説上

 石鹸総論

石鹸は固形物品[カタミヲモツシナ]の名称[トナエ]にして、是れ苛性滷塩[カセイロエン](滷塩原名「アルカリ」と云う、加里曹達[ソーダ]、石灰等の総名)を、油或は脂[アブラ]に合和し且つ稠厚[セイシツメル]と為す所の者なり。布帛[ヌノキヌ]の洗浣[アライ]に用い、又、毛布[ケオリ]を修繕[シアゲル]する磨車[クルマ]の用に供する者は動物[イキモノ]植物[ウエモノ]の脂油[アブラ]を以て製す。脂油は原来[ガンライ]水に溶化[トカス]すること能わず。然るに之に滷塩を和するに因て能く水と混和し、且つ他般[イロイロ]の効用を做[ナ]す。即ち毛布の膩気[アブラケ]を奪い利諾布[リノーフ(=リネン)](亜麻を以て織りたる布にして、西洋の常布なり)を潔白[キレイ]にし、諸の汚点[ヨゴレジミ]を除去[ノゾキサル]する等の如し。
扁桃、胡桃、大麻、蕓薹[ナタネ]罌粟[ケシ]等の搾油[シボリタルアブラ]、皆以て石鹸を製することを得べし。又、鯨油[クジラノアブラ]及び諸の獣脂[ケダモノノアブラ]共に可なり。草木種子[タネ]の油を以て製するの石鹸、種子[タネ]良性[サイジョウ]にして且つ之を搾[シボ]るに火力を假[カ]らざる者は頗[スコブ]る良好の品を得、然れども他般[イロイロ]の石鹸、流動[トロケ]して糊[ノリ]様なる者過半[ナカバニスグ]とす。
鯨油[クジラノアブラ]を以て製せる石鹸は、利諾布[リノーフ]等を漂白[サラス]するが為に甚だ佳し。然れども稍[ヤヤ]臭気[アシキニオイ]を帯[オ]ぶ。但し此の臭気は太陽に晒[サラ]すこと数日にして消散[キエウセル]す。
獣脂[ケダモノノアブラ]を用うる者は悪臭[アシキニオイ]無く且つ硬固[カタシ]なり。
西班牙[イスパニヤ]石鹸は木油[キノアブラ]、即ち阿利襪[オレーフ(=オリーブ)]油(阿利襪油は阿利襪樹の実を搾[シメ]て取る者にして、薬舗[ヤクシュヤ]に「ポルトガル」油と称する者なり。此の樹、暖帯諸国に産す。寒国[サムキクニ]には培植し難し)にて製す。其の白色[シロキイロ]なる者は間脈[シマ]ある者に比[クラブ]すれば軟[ヤワラカ]なり。而して間脈ある者は性味[ショウミ]亦た苛烈[カフクツヨシ]なり。精油[セイユ](蒸餾[ランビキ](=蒸留)して出る油)は、稠厚[ツマリタル]なる脂油の如く石鹸となり難し。都{すべ}て好[ヨキ]石鹸を造るが為には宜しく油を澄殿[オトマス]せしめて上清[ウワズミ]を用うべし。而して其の渣脚[オリ]は以て下品[オチタルシナ]の石鹸を製す。
餅状の硬[カタキ]石鹸を造るが為に用いる滷塩[ロエン、アク]は、炭酸曹達[ソーダ]にして之に石灰[イシバイ]を和[マゼル]するに因て苛性[ショキセイ]を発する者なり。方今[イマ]多く製する所の柔軟[ヤワラカク]糊状[ノリノヨウナル]の石鹸は、白色或いは灰色の剥篤亜斯[ポットアス]を以て製す。
軟[ヤワラカキ]石鹸も亦硬石鹸の如く滷塩の力に因って能く水に混和[マザル]す。此の品と白[シロキ]石鹸との区別[ワカチ]は、第一其の淡褐色[ウスチャイロ]、或いは暗緑色[コキモエギイロ]なる、第二其の断[タ]えて堅硬[カタク]ならず唯柔軟[ヤワラカ]にして粘稠[ネバリヅヨキ]なる糊状[ノリノカタチ]をなすに因る。然れども此の品、白石鹸よりは強力[ツヨミ]なるが故に、羅紗[ラシャ]毛布の工匠[ショクニン]之を撰[エリ]用す。
此の品類[ヒンルイ]は独逸[ドイツ]地方等に於いて多く製して以て発売[ウリイダ]す。
軟石鹸[ヤワラカキセッケン]を製す可きの油、分けて熱油[ネツユ]寒油[カンユ]の二種[フタクサ]とす。熱油に属するは大麻、亜麻にして、寒油は蕓薹[ナタネ]、蕪菁[カブラ]の類を云う。甲[ネツユ]は高価[アタイタカク]にして、乙[カンユ]は廉価[アタイヤスシ]なり。
軟石鹸に用いる滷塩[アク]は剥篤亜斯[ポットアス]にして生石灰を合和す。石灰は石を焼[ヤキ]たる者、貝灰に勝れり。
多量の苛性曹達[カセイソウダ]を水に溶化[トカシ]して、其の量[メカタ]殆[ホトン]ど水[ミズノ]量に踰[コユ]る者一分を、新たに搾「シボ」りたる扁桃油二分に合し、火温[ヒノアタタマリ]を假[カ]らず、大理石[マルブル、ロウセキ]の舂内[ウスノウチ]にて之を研和[オロシマゼ]すれば、即ち善美[ゴクジョウ]なる薬用[クスリニモチウル]石鹸を得、此の品、常[ナミノ]石鹸の如き不佳[フカ]の臭味[ニオイ]を帯[オ]うことなし。通常[ヒトトオリ]多く薬用に供する勿搦茶[ヘネチャ(=ベネツィア)]石鹸、及び亜里甘斯[アリカンス]石鹸と呼ぶ者は、苛性曹達と阿利襪[オレイフ(=オリーブ)]油を以て煑製[ニテセイス]せる者にして、亦佳品[ヨキシナ]に属すれども、未だ全く美ならず。此の品は白色なり。又紅脈[アカキシマ]及び青[アオキ]脈を具えて大理石の如き観[ツヤ]をなす者あり。是れ石鹸型の内に硫酸鉄の溶液[シル]を注加[ツギイレ]するに因って此の色を発す。此の他多く造る所の常品緑[モエギ]石鹸は大麻、蕪菁、亜麻等の諸油に苛性曹達滷を加え、或いは屡々鯨油[クジラアブラ]をも添加[ソエクハウ]して製する者なり。此の物、不佳[ヨカラズ]の臭を存して、浣濯[センタク]する所の布帛[ヌノ]も亦屡々之を伝染す。


[現代語訳]

開物叢説(物品開発総説) 家庭用品類 第一
  石けん論の上巻

  石けんの総論

石けんは固形物の名称で、苛性アルカリ(アルカリは、カリウム、ナトリウム、石灰等の総称)を、油脂に混和して粘稠とするものである。布帛の洗浄に使用されたり、毛織物を精製する縮絨(しゅくじゅう、訳注:毛織物をフェルト状に収縮)させる水車(?)に使用されるものは、動物や植物の油脂を用いて製造される。油脂はもともと水に溶解しない。ところがこれ(油脂)にアルカリを混合することで、水とよく混合し、しかも様々な効用が得られる。例えば、毛織物の油分を除去したり、リネン(亜麻を織った布で、西洋では常用される布)を清浄にし、様々な汚れを除去したりする。
アーモンド、クルミ大麻(訳注:大麻の種?)、菜種、ケシなどから搾った油からは、いずれも石けんを製造することができる。また、鯨油や様々な獣脂も使用できる。草木の種の油で製造された石けんは、種が良品でかつ搾油の際に火力を使用しないものは、非常に良好な品を得られる、しかし、多くの石けんは、流動性で糊状であるものが半数以上を占めている。鯨油を用いて製造される石けんは、リネン(亜麻布)などを漂白(訳注:清浄化)するために非常に良好であるものの、若干臭いがあるが、この臭気は太陽に数日晒すことで消散する。
獣脂を用いるものは悪臭がなく、かつ堅固である。
スペイン石けんは、樹木からとれる油であるオリーブ油(オリーブ油はオリーブの木の実を搾って得られるもので、薬店で「ポルトガル油」と云われているものである。この樹木は温暖な国で生産されていて寒冷な国での栽培は困難である)を用いて製造される。その中でも白色のものは、縞模様があるものに比べると柔軟である。そして、縞模様があるものは性質として刺激性が強い。精油(蒸留を行って出てくる油)は、粘稠な油脂と同様に石けんにはなりにくい。全体として良好な石けんを製造するためには、油を沈殿分離させてさせて上澄みを用いるべきである。沈殿物を用いると低品質な石けんが造られる。
餅状(訳注:乾燥した餅を指すか?)の硬石けんを製造するために用いるアルカリは炭酸ナトリウムで、これに石灰(訳注:正確には消石灰水酸化カルシウムのこと)を混合することで、強アルカリ性(=苛性)となる。最近多く製造されている柔らかい糊状の石けんは、白色や灰色のポットアス(=炭酸カリウム)を用いて製造される。
軟石けんも硬石けんと同様に、アルカリの力で水とうまく混合するようになる。この品(=軟石けん)と白い石けん(=硬石けん?)との区別は、第一に淡褐色か暗緑色であること、第二は固くならずに柔らかく粘稠で糊状であることである。しかし、この品は白い石けんよりも強力なため、ラシャ毛織物を製造する職人は、こちらの方を選んで用いている*1)。
この種類(訳注:の石けん)は、ドイツ地方などで多く製造され、販売されている。
軟石けんを製造するための油は、熱油と寒油の二種類に分類される。熱油に属するのは大麻と亜麻で、寒油はナタネ、カブなどをいう(訳注:いずれも種子を使用)。前者(熱油)は、高価で、後者(寒油)は廉価である*2)。
軟石鹸に使用するアルカリは、ポットアス(=炭酸カリウム)で、生石灰を混ぜ合わせる(訳注:生石灰CaOは水を加えると消石灰Ca(OH)2となるので、水がある状態であれば生石灰の添加で水酸化カリウムKOHが生成する)。石灰は石(訳注:石灰石CaCO3)を焼成したもので、貝の灰よりも優れている。
大量の苛性ソーダで重量が水以上を、水に溶解して、その一分量を、新たに搾ったアーモンド油二分量と混合し、火で熱することをせず、大理石の鉢の中でこれを混和すると、すぐに薬用にもなるセッケンを得られ、この品は通常の石けんのような不快な臭いがない。一般的に多くが薬用として用いられるベネツィア石けんとかアメリカ(?)石けんと呼ばれているものは、苛性ソーダとオリーブ油を加熱して製造するもので、良好な品質であるけれど、今のところ外観上は美しくない。この品は白色で、赤い筋や青い筋があって、大理石のような外観をしているものもある。これは、石けんの型の内部に硫酸鉄の溶液を加えることでこのように発色する。これ以外の多く製造される通常の緑色の石けんは、大麻、カブ、亜麻などの様々な油にアルカリ性ソーダ灰を加え、時には鯨油も添加して製造される。これらのものは不快な臭いがあって、洗濯する場合に、布に臭い移りすることがある。


[注釈]

第1章「石けんの総論」では、石けんの概要、及び、石けんの原料となる油脂の種類、アルカリに基づく石けんの硬軟の相違、軟石けんの原料油などについて記載されている。

A.石けんの概要:油脂とアルカリを混和して製造され、布類の洗浄に用いられる
B.石けん原料の油脂の種類:草木の種子やオリーブの実、獣脂・鯨脂などと、アルカリを混和して製造される
C.アルカリに基づく石けんの硬軟の相違:使用するアルカリは、硬石けんでは炭酸ナトリウムと石灰で、軟石けんでは炭酸カリウム生石灰である
D.軟石けんの原料油:軟石けんには、亜麻などの油である高価な熱油と、ナタネなどの油である安価な寒油がある。

A.石けんの概要:油脂とアルカリを混和して製造され、布類の洗浄に用いられる

・化学大辞典の「石鹸」の記載*1)
広義には脂肪酸の金属塩の総称であるが、最も普通にはナトリウム、カリウムなどのアルカリ金属塩をさす。アルカリセッケンは更にその硬軟によって硬セッケンと軟セッケンとに分けられる。そのほかの金属塩は大部分が水に不溶性であって、これらは金属セッケンの名で区別されている。なお脂肪酸と類似性をもつ樹脂酸、ナフテン酸の塩類もセッケンとよばれる。アルカリセッケンは水溶性で著しい表面活性を示し、安定なアワを生じ、大きい洗浄力を持っている。低濃度では真の電解質溶液の性質を示すが、臨界ミセル濃度では急激にミセルを形成し、この濃度以上ではコロイドとしての性質を示す。水溶液は一部加水分解してアルカリ性を呈する。次にセッケンをその成分、用途、性状および製法により分類すれば次表のようになる。おもなセッケンの成分、特徴、用途などについては、それぞれの項目を参照。
 *1)化学大辞典編集委員会編, 「化学大辞典5」縮刷版第36刷, 共立出版, p340(1997)

C.アルカリに基づく石けんの硬軟の相違:使用するアルカリは、硬石けんでは炭酸ナトリウムと石灰で、軟石けんでは炭酸カリウム生石灰である

・現在は石けん製造には水酸化ナトリウム(苛性ソーダ)や水酸化カリウム(苛性カリ)が使用されるが、日本で工業化されるのは19世紀末頃*2)で、それまでは炭酸ナトリウム等しかなかった。
石灰と炭酸ナトリウム等を反応させることで、水酸化ナトリウム等を得ていた*3)。 Na2CO3 + Ca(OH)2 -> 2NaOH + CaCO3

・化学大辞典の「硬石けん(ソーダセッケン)」の記載*4)
高級脂肪酸類のナトリウム塩、すなわちナトリウムセッケンでその質がかたい。セッケンの組成をなす脂肪酸は飽和およびオレイン酸列の不飽和酸で、中でも炭素数12~18の脂肪酸が最適である。油脂原料として牛脂、羊脂、豚脂、硬化油、ヤシ油、綿実油などを適当に配合したものを用い、水酸化ナトリウム溶液でケン化してつくる。ケン化後の処理法の差により塩析セッケン、半含核セッケン、コウ(膠)セッケンに区別される。わが国で日常使用される化粧セッケン、洗タクセッケンはいずれもこれに属する。

・化学大辞典の「軟石けん(カリセッケン)」の記載*5)
特殊セッケンの一つ。軟質ノリ状のセッケンを称し、普通カリウムセッケンが使用されるのでカリセッケンと同義に用いられる。ただし安価なものを得るためには含水量の多いソーダセッケンでまにあわせる。アマニ油、大豆油、トウモロコシ油、綿実油などの乾性油、半乾性油、工業用オレイン酸、ロジンを水酸化カリウム水酸化ナトリウム溶液または両者の混合溶液でケン化して得たセッケンコウを塩析を行わずに、そのまま冷却固化させてつくる。その外観によって透明軟セッケン、含粒軟セッケンおよび銀色軟セッケンに区別され、化粧用、家庭用、工業用、薬用セッケンとして使用される。

 *2)社団法人工学会他, 「明治工業史 化学工業篇」, 丸善, p336(1925:大正14)
 *3)井高退三著, 「化学応用石鹸製造全書」, 門口黄山堂書店, p17(1901:明治34)
 *4)化学大辞典編集委員会編, 「化学大辞典3」縮刷版第28刷, 共立出版, p56(1984)
 *5)化学大辞典編集委員会編, 「化学大辞典6」縮刷版第28刷, 共立出版, p670(1984)

D.軟石けんの原料油:軟石けんには、亜麻などの油である高価な熱油と、ナタネなどの油である安価な寒油がある。
・熱油と寒油に関して記載された書籍は見いだせなかった。
・1847年にアメリカで刊行された石けん製造の技術書には、原料の種子ごとの項目の中で、油を絞る工程での温度について以下のように記載されていた。
  Rapseed oil(ナタネ油):種子から油を搾る際に加熱する *6)
  Linseed oil(アマニ油):冷たい状態で最良の純度の油が得られる *7)
・熱油とされるアマニ油の融点・凝固点は、-18℃~-27℃で、
 寒油とされるナタネ油の融点・凝固点は、0℃~-12℃である*8)。
・従って、種子から油を絞る際に、
 低融点の油は加熱が不要で、融点が高めの油では加熱が必要であり、
 熱油と寒油という分類は、
 油を絞る際の加熱の必要性の有無で分けられていると推定される。

 *6)Campbell Morfit, "Chemistry Applied to the Manufacture of Soap and Candles", Carey and Hart, p93(1847) 
 *7)Campbell Morfit, "Chemistry Applied to the Manufacture of Soap and Candles", Carey and Hart, p95(1847)
 *8)日本油化学協会, 「油脂化学便覧」改訂二版, 丸善, p2-p3(1971)